小さいころから列車に乗るのが好きであった。乳飲み子のころ母親に連れられて、祖父の見舞いのために、神戸から福山まで何度も列車に乗って行ったと聞いているから、その体験から来ているのではないかと思う。この夏、家内が脳の手術を受けることになり、熊本まで行くことになった。現在住んでいる滋賀県からはえらく遠いところである。入院、退院と、その間の２度の手術で、都合４回、熊本まで行った。うち、「ムーンライト九州」に１回、「なは」に２回乗車したが、１回目は「ムーンライト九州」で帰ってきた。
入院のときは、家内と一緒に京都から新幹線で九州まで行き、手続きが終わった後、私は、夕方に熊本を出て、２０：５３博多発ムーンライト九州に乗った。寝台ではない夜行なので、多少しんどいかなと思ったが、スキー列車のシュプール号を使っているので、まあ大丈夫だろうと思って切符を取っていた。熊本から博多までの特急つばめで、一杯やっていたのでほろ酔い気分で先頭の６号車に乗り込み、１１番Ｄの窓際の座席に構えた。車体の内装は、昔懐かしい淡いクリーム色に少し紫の入った色で、ものごころのついた頃からよく乗っていた、準急「びんご」の室内を思い出した。
門司のあたりで連結切り替えの停車があるというので、見に行くと、親子連れが同じようにカメラを構えて待機している。私も記念に連結の瞬間をカメラにとらえ車内に戻った。デッキを歩いていると、若い女性から声をかけられて一瞬期待したが、乗車券を見せられて、どこの席か分からないという。彼女は指定席券の整理番号を見ていたようで、その下に書いてある＊号車＊番＊席ですよ、と教えてあげたら了解したようで、有難うございますと言って立ち去っていった。残念ながら、私の席とはだいぶ離れていた。熊本大学の先生に会うため、カッターシャツではあるが、一応ネクタイをして行って、帰りもそのままだったので、どうやら車掌さんと間違われたみたいだ。そういえば、大学病院でも受付のところで職員と間違えられて、何か聞かれたなあ。
列車は心地よい響きで山口県を走っている。そろそろ安眠体制に入るかと思い、リクライニングをいっぱいに倒して、うとうとし始めた。一時間くらい経ったであろうか、後ろの席で、シートを回転させようとしているやつがいる。うんしょ、うんしょと回そうとしているが、私のシートがじゃまになってうまく動かない。「いいですよ」といって、リクライニングを一旦解除してやったら、奴さんの作業はうまくはかどり、４人分の対面座席に一人で陣取ってご満悦の様子である。で、肝心の我がシートを倒してみたが、さっきの角度に戻らない。少しの間気分が悪かったが、今さら戻せとも言いにくいので、そのまま癪やなーと思っていたら、寝てしまった。
午前４時頃、岡山駅、目を覚ますと１０人くらいの若い女の子が乗ってきた。皆、４人用のボックスをこしらえてワイワイやりだしたが、不幸にも一人だけ私の横に座っている。あまり皆とも話さないので、ちょっとくらい話しようかとも思ったが、本なぞ読んでいたので結局さいごまで話さずじまい。お嬢さん方は、神戸の三宮で降りて、それから楽しい夏休みを満喫されるようであった。
大阪から京都にかけて、何人かがこの列車を写そうと、本格的なカメラと三脚を準備しているのが見えた。久しぶりに乗った夜行列車は色んなことがあったが、やはりわくわくして楽しい旅であった。ほどなく列車は京都に到着し、快速に乗り継いで無事我が家に帰着した。８月第一週の土曜日の朝であった。