私は寝台列車が好きである。寝台列車の旅が好きである。私は、移動も、旅の一部分だと思っている。移動手段は、私の旅に於いては重要である。時に自転車、ローカル線、そして寝台列車。私は移動することが旅の目的でありもする。寝台列車は、旅をしている気にさせてくれる。
今回は、2008年夏当時、廃止が噂されていた「富士」「はやぶさ」に乗車する。東京から九月八日発はやぶさで熊本に行く。大分から九月十一日発富士で東京に帰る。車内での二泊と九州での二泊の四泊五日の旅の行程。
八日
東京駅からはやぶさに乗る。
九日
はやぶさ熊本着〜熊本市内のお気に入りのラーメン屋、熊本市電〜豊肥本線、南阿蘇鉄道、産交宮交バスたかちほ号〜高千穂駅、高千穂神社、高千穂峡〜高千穂の民宿泊
十日
高千穂峡〜産交宮交バスたかちほ号、南阿蘇鉄道、豊肥本線〜阿蘇山、中岳噴火口〜九州横断特急〜別府のビジネスホテル泊
十一日
別府のグローバルタワー、地獄めぐり〜大分駅から富士に乗る。
十二日
富士で東京着。
九月十一日16：20
急いで大分駅で駅弁を買う。ホームに行くとすぐに寝台特急富士が入線してきた。一通り写真を撮り、乗車する。この旅の最後の行事だ。16：43富士は大分駅を出る。外はまだ明るい。
今回はB寝台ソロ個室だ。私の部屋の扉が開かない。どうしたことか。廊下で別府湾などを見ながら車掌を待つ。別府を過ぎてやっと来た車掌に言った。切符と部屋に間違いはない。車掌は扉をノックした。すると中からおばあちゃんが出てきた。おばあちゃんは隣の部屋と間違えていた。車掌が「すみません。検札で間違えました。じゃ、このまま部屋交換しましょうか。」と言った。私がこの部屋を取ったのには理由がある。座りながら前を向いて車窓が見られるからだ。するとおばあちゃんが「すいません。下の部屋に行けるんですか。なら行きたいわ。階段がきつくってね、階段が無い部屋がよかったの。」私が取っていた前を向いて車窓が見られる部屋は、階段の上にある個室だ。一方、本来のおばあちゃんの部屋は、車窓は後ろ向きになるが、部屋は廊下と同じ高さにある。喜んで「そうですか。じゃあ変わりましょうか。」「すいません。」「じゃ、荷物お持ちしますよ。」上段の部屋のスーツケースを本来のおばあちゃんの部屋に運んだ。こうしてやっと部屋に入れた。
中津駅で、大分駅出発時に停まっていた青いソニックに抜かれる。ホームを挟んで青い車体が二列。
門司駅でホームに出て、はやぶさと併結するのを見る。
眠ろうとしている時、部屋の外から扉の鍵をがちゃがちゃ開けようとする音が聞こえる。扉を開けると、さっきのおばあちゃんが開けようとしていたのだ。おばあちゃんは、「またまちがえちゃった。」と謝った。
防府駅までは憶えている。その後は眠った。目を覚ます。通過駅の駅名標を見ると兵庫県加古川のようだ。明石海峡大橋が見える。下りはやぶさからもこの橋は見た。大阪の貨物線を通る。そしてまた眠った。
翌朝
「おはようございます。おはようございます。本日は九月十一日金曜日。寝台特急富士はやぶさ号は東海道本線を定刻通り運行しております。」更に到着駅、時刻を案内する。私は寝起きが悪いが、おはよう放送の目覚めは六時という早朝であるのに目覚めが良い。これも寝台列車パワーだ。
顔を合わせたおばあちゃんはまた謝る。沿線は茶畑が多い。
朝食は車内販売のサンドイッチ。下りはやぶさの朝食もそうだった。私は特にサンドイッチが好きというわけではないが、それくらいしかなかったのだ。
富士号から富士山が見える。
熱海で東日本式の駅名標を見ると、帰ってきたという気になる。相模湾が見える。小田原からは線路が増える。貨物列車と並行して走る。
普段生活をしている首都圏の雰囲気が感じられる。寝台列車という特別な列車にいるのに、見慣れた風景のせいで、普通の電車に乗っている気になる。
品川からは沿線の建物が高くなる。もうすぐ東京駅に到着だ。もう帰ってきてしまったのかと寂しくなる。寂しいのと同時に、この旅行が予定通り終わり、無事に帰ってこられたという安心感もある。名残惜しく思っているうちに赤いレンガが見えてきた。
降りたくない列車。もう乗れない列車。最初で最後の富士の旅。
9：58定刻通りに東京駅に到着。
到着すると部屋を出る。おばあちゃんは降りる前にまた謝る。
10番ホームには、ほぼ富士はやぶさから降りた人しかいない。人が疎らで急ぐ人がいない爽やかなホーム。爽やかな日の光に照らされる車体。このホームだけのんびりしている一通り写真を撮ると、ホームから出る。夢から覚め、日常に戻る。